
海に囲まれた幻想的な小島、モンサンミッシェル。1979年にユネスコの世界文化遺産に登録された。

ラ・メール・プラールという名前をご存じの方はいらっしゃいますか。それより、モンサンミッシェルの中にあるオムレツで有名なお店と言ったらわかるかも。生地をひたすらかき混ぜることでふわふわなオムレツができあがるんです。たくさんの人が食事をするために並んでいました。(私は写真だけ撮らせてもらいました。汗)実はこのお店、唯一東京国際フォーラムの中にも支店を出しているそうです。
ラ・メール・プラールといえば、モンサンミッシェルの写真が目を引く缶に入ったガレットも大変有名ですね。日本のスーパーなどでも買えますが、お値段が全然違います。たくさん買い込みおみやげにしました。

島の入り口から修道院へと続く目抜き通りは観光客でいっぱい。たくさんのお土産物屋さんや休憩所、ホテルや教会もありました。

モン・サン・ミッシェルというのは「聖ミカエルの山」という意味だそう。修道院の塔のてっぺんには大天使ミカエルの黄金像が天を仰いでいるとパンフレットで見るや、「あの天使ミカエル?」と夫婦で顔を見合わせました。カトリックの話ではぴんときませんでしたが、吹奏楽曲で「天使ミカエルの嘆き」という曲があるんですよね。そちらのほうに反応してしまった私たちです。でも、ヨーロッパの歴史や文化を見聞きする時、宗教的な背景を理解していたほうがおもしろいだろうなぁと感じます。
修道院は長い時間をかけて増築を重ねたため、迷路のように複雑な造りでした。

このあたり一帯は潮の満ち引きが激しく、その昔モンサンミッシェルは潮が引いた時だけ陸地とつながり、巡礼者をむかえていたのだとか。しかし、対岸との間に地続きの道路がつくられると潮流がせき止められ、100年間で2mもの砂が堆積してしまった。島の間際まで潮がくることは滅多になくなってしまい、島の陸地化が急速に進んでいる。そのため、地続きの道路をこわし、かわりに橋をかける計画が進んでいるそう。

イギリスとの100年戦争の際は英仏海峡に浮かぶ要塞としての役目をしていた。またフランス革命後は一時監獄として使用された。
←声が響きそうな食堂
↓色のない世界ばかりが続くので、中庭で緑を見た時にやっとひと息つけた感じでした。